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zoom RSS ハインツ・ガイザーの芸術観

<<   作成日時 : 2009/03/10 03:23   >>

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昨年10月の話になりますが、さがゆきさんのライブへ行った帰り、ゆきさんと、その日彼女と共演したドラマー、 Heinz Geiser(from Swiss)、Heinz夫人(日本人)と、ライブに飛び入り参加したゆきさんの友人 Sarah(from Sweeden)と夕食を共にしたときの話。

ゆきさんと Sarah が先に帰ったあと、なぜかHeinz と熱い芸術談義に。
はじめは、私の顔がボリビア人にそっくりだという Heinz の、マジか冗談か分からない話から盛り上がって、いつの間にか、環太平洋諸国の伝統文化の共通性に話は広がり(それとは全く起源の異なる文化圏として、ユーラシアや、中華文明がある)、更にというか当然の流れとして話題は音楽へ。

今となっては、どうやって自分が英語で、こんな込み入った話ができたのか?皆目見当がつかないけれど、きっと英語が母国語ではないハインツ(ドイツ系スイス人)が、分り易い表現で喋ってくれたせいでしょう。以下はその時聴いた内容。


ミュージシャンの彼にとって、現在の音楽業界事情には理解しかねる状況で、単にコマーシャリズムの蔓延ということだけでなく、ジャンルを問わずあらゆる音楽がスタイルだけになってしまっていると彼は懸念している。この日(連休中に)横浜市内各所のストリートで開催されていたジャズプロムナードでの演奏も、「聞こえてくるのは只のスタイルばかりで音楽が無い。」と嘆く。

「僕は音楽をやりたいんだ。スタイルを追っても人の心は動かない。レコード(になった名演)をいくら追ったって音楽は生まれない。」と彼は言う。彼の言う(私も100パーセント同感なのだけど)音楽、演奏の場にオーラが満ちているような、わくわくする経験は、スタイルとは全く別次元の世界から生まれるもの。スタイルのこだわるのでもなく、スタイルを意図的に壊すのでもなく、スタイルから解放された自由な心から生まれるもの。

彼はスタイル(様式)の習得が苦手なのではない。それどころか、今は即興専門のドラマーである彼はジャズに精通しているだけだなく、以前はクラシックギターの演奏家だった。私が彼と初めて会った4〜5ほど前は、ギターの教師と兼業だった。

クラシック音楽にも造形が深い彼は、
「楽譜に正確に従いながら豊かな世界を描くことは不可能ではない。けれどそれ
が出来るのは100人に一人居るか居ないかだ。」
と言う。例えばその数少ない一人が、クラシック音楽界の伝説的ピアニスト、グレン・グールドだったと彼は言う。グールドが様々な奇行にも関わらずクラシック界のビッグスターに愛され続けたのは、彼が「音楽」を表現できる逸材だったからだと彼は言う。

では、Heinz 自身はどうだったかと言うと
「かつて、バッハの、同じ楽曲を 100回位演奏したことがあるが、音楽になったのはそのうち1回程度で、残りの99回は楽譜の奴隷だった。」
とのこと。
プロの演奏家であっても、「音楽」と言える演奏は滅多に叶うことではないという、厳しい音楽観を持った彼は、即興(フリージャズ系の)と言う、楽譜に頼らない表現を模索する道を選んだのだという。

その彼が懸念する、全てのジャンルに共通する音楽の実情。スタイル以上のものが見出し難くなってしまった原因として、商業主義、つまり行き過ぎた収益優先を指摘する者は多いが、彼に言わせれば、それよりもっと根元的な問題がある。それは、資本主義が生活の隅々にまで浸透したあげく、大衆に蔓延した、ヒツジの群れような行動様式だと言う。

誰もが(無意識のうちに)、周りはどんな音楽を聞いているか?世間で流行っている音楽は何か?で、自分の聴く音楽を選ぶようになったしまい、自分で選ぶことをしなくなったという。昔(と言ってもほんの数十年前)はそうじゃなかった。だから様々な新しい音楽や表現が生まれていたのだと。

クラシック音楽の実状にも詳しい彼は、日本のクラシック音楽が、楽譜を絶対視しがち、技術に偏りがちなのは知っていたが、最近は西欧のクラシック界も技術優先になりすぎ、悩ましい状況だと言う。

技術優先、スタイル優先に批判的なだけあって、彼の即興は、自分のスタイル(というよりパタン)を披露するだけに留まりがちな、多くの即興系プレーヤとは異なり、共演者の出す音とのコントラスト、演奏全体のダイナミズムが非常に豊か。だから、ゆきさんと互いにリスペクトし合う関係になったのだが、どんなにハイスピードな演奏になっても、彼は一瞬たりとも周囲の音を聴き逃さず、共演者の動きも見逃さない。実際彼は、共演者を見ながら演奏している。

実は、楽曲の演奏でも、相手の音を聴きながらリアルタイムに反応できる(それがセッションなのだが)ミュージシャンは、そうは居ないと言う。単に自分んにとって即興的に演奏するのではなく、相手との関係においても、瞬間瞬間に反応しながらリアルタイムに一期一会の音楽を創り上げていく。音楽というのは、少なくともジャズとは、本来そういうものなのだろう。そうでない音なら、わざわざ生身の人間が演奏したり、歌ったりする必然性が無い。コンピュータにやらせれば良いのだから。

「音楽のスタイルで言ったら、ジャズの巨匠たちのスタイルは一人一人みんな違う。ジャズのスタイルなんてものは無い。ジャズは、(楽曲や演奏のスタイルではなく)生き様なんだ。」
とHeinzは言う。それは正に、巷でジャズと呼ばれる音楽に全く興味が無かった私が、さがゆきのライブ通いを始めた理由と全く同じ。さがゆきのライブを聴いて、ジャズは様式を指す言葉じゃなくて、スピリッツを示す言葉だと分かったから(だから今でも、スタイルを追うだけに終始している大半のジャズは聴かない)。

Heinz はパワフルでイカしたドラムを叩くだけの男じゃない。音楽について、ジャズについてもクラシックについても、並の演奏家とは一線を画した深い洞察と内省を経て、熱い演奏を繰り広げている。小難しい理屈を並べるのは得意だけど、スピードもグルーブも、繊細な抑揚も微塵も無い演奏を平然を続けるジャズオタク、クラシックオタク、コンテンポラリオタクとは訳が違うアツい男。彼のCD(大沼史郎とのドラム・デュオ)は、横浜のライブハウス、エアジン店内で販売中。
http://www.airegin.jp/


追記:
上記の文章を、mixi(日本の代表的なソーシャルネットワークサービス)内で公開したとき、
「グレン・グールドの演奏」が楽譜に忠実だったか?
というツッコミが入りましたが、人間の演奏が楽譜に忠実かどうか?というのは相対的な問題で、ハインツが言った「楽譜に正確に従った」というのは、現在の彼のフィールドである,ジャズの演奏と比較してのことでしょう。

2009年3月27日追記:
ハインツ・ガイザーのプロフィール(英語)
http://www.geisser.com/B.aspx?b:0=uejNB:ltF,.Z8&b:HO=69C3B259-EF2A-4830-B189-729B133A940C

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