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zoom RSS 出る杭は無かったことに

<<   作成日時 : 2009/08/03 23:13   >>

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(前回の続きですが)
本人の頭には「ジャンル」という概念が無いかのような多彩な表現を展開する友人さがゆき
http://hiroshi-s.at.webry.info/200908/article_2.html
には、(雀の涙ほどの稼ぎにしかならないとはいえ)断るのに苦労するほどライブハウスや同業者から出演のオファーがあり、1〜2年に1回は海外のフェスティバルからも出演依頼が来ます。

もちろんそれは、(プロデビューしてから)30年近い実績の積み重ねがあってのことで、90年代には現代オペラのソリストを務めたり、「音楽療法」という言葉がまだ日本でほとんど知られていない時期に、アルコール依存症を対象とした音楽療法で成果を挙げたり、舞踏の大野一雄さんと共演するなど、今以上に幅広い領域で活躍していました。
http://www.aruma.be/profile.htm

その努力の積み重ねの集大成ともなったのが、1997年、アムステルダムで開催されたメシアン記念音楽際への招聘。このとき彼女は、国内ライブでのパートナーでもあったピアニストの村上由美子(故人)戸と共に音楽祭に招聘され、現地で学生を対象に即興表現のワークショップを開催し、音楽祭のトリも努めました。

トリとなった、アムステルダムのライブハウス(Bimhuis)での即興デュオは、観客から予想もしなかっったほどの喝采を受け、早速その場で主催者から、「また来年もお願いします」とオファーを受けたそうです。あちらは日本と違って、義理で拍手をする習慣も無いし(それどころか少しでも気に食わなければブーイングですから)、その時既にプロとして20年近いキャリアを重ねていた彼女が、観客の本音を勘違いするとは考えにくく、恐らく彼女の言葉に嘘はないでしょう。

けれど、現代音楽の祭典で大喝采を浴びた日本人の存在は、その後本人以外の口から語られることはなくなり、現代音楽畑から彼女にオファーが来ることは2度とありませんでした。普通、欧州の音楽祭(特にクラシック・現代音楽系)で、日本人が招聘されたり賞でも取れば、それがどの程度であっても日本で大きく取り上げられるのに、実に不可思議な現象です。

現代音楽の祭典の主催者が、クラシック音楽でも現代音楽でも、各国の伝統音楽でもなく、わざわざ、ジャス出身のヴォーカリストと、タンゴ出身のピアニストのコンビを、わざわざ、トリを努める演奏家として選んだのはきっと、現代音楽に対する問題意識があってのことでしょう。”ISA STONE"というタイトルでCD化された彼女達のライブパフォーマンスは、他のどんな音楽とも似ても似つかない、彼女達の母体であるジャズともタンゴとも、似ても似つかない、けれど紛れも無く音楽であり、とても美しい彼女達だけの世界でした。が、彼女達を呼んだ主催者の問題意識が、世に広まっては困る人達も、きっと大勢居たのでしょう。

私は今から6年ほど前、さがゆきを知ってまだ間もない頃に ”ISA STONE” を聴いて、現代音楽と呼ばれる世界の空しさを悟りました。「現代」と呼ぶにふさわしい音楽は、「現代音楽」業界の外で生まれるようになってしまっているようです。

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