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zoom RSS 「日本海軍 400時間の証言」を見て

<<   作成日時 : 2009/08/10 20:49   >>

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昨夜は久々にテレビの電源を入れて、3夜連続放映のNHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言」
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/tv/20090807et08.htm
の初日放送を見ました。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090809.html

1980年から11年間、戦時中、海軍の中堅幹部だった生存者が、非公開で定期的に開催していた戦争についての「反省会」。その模様を記録したテープに録音されていた新事実をまとめたのが今回の特別番組ですが、これまで、旧陸軍の暴走に比べ、あまり報道されてこなかった海軍の暴走、具体的には、海軍の最高決定機関であり、陸軍参謀同様、当時政府以上の権力を握っていた海軍軍令部
http://wkp.fresheye.com/wikipedia/%e8%bb%8d%e4%bb%a4%e9%83%a8
の暴走に、焦点が当てられていました。

初日のテーマは「開戦:海軍あって国家なし」
日本の戦線が東南アジアに拡大し、日米対立が深刻化していた1941年、軍令部のトップ(総長)であり、開戦派だった永野修身
http://wkp.fresheye.com/wikipedia/%E6%B0%B8%E9%87%8E%E4%BF%AE%E8%BA%AB
が、部下に説明した開戦主張の理由が「海軍が反対しても、陸軍や右翼がクーデターを起こすのでどの道戦争は不可避。ならば日本が不利にならないうちに(石油が底を尽く前に)開戦すべき」だったことが、「反省会」で明かされました。

しかし番組では、これが永野の本音だったかどうかまでは検証せず、一人の反省会参加者が執拗に取り上げた、軍令部と皇室とのつながりに焦点を移します。永野の前任者は、皇族の伏見宮博恭王
http://wkp.fresheye.com/wikipedia/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%AE%AE%E5%8D%9A%E6%81%AD%E7%8E%8B
で、昭和7年(1932)からなぜか9年間もの長期間、軍令部総長の座にありまた。反省会の中では、これが「謀略」であるという証言しか出なかったものの、NHKの補足取材により、博恭王の登用は、当初海軍省が担っていた予算や軍備の決定権を、軍令部に移す法律を通すためであった事が明かされます。当時の軍令部が、法案が通らなければ博恭王が辞任すると政府を脅したこと、昭和天皇が、この法案が通ると軍部の暴走に歯止めがかからなくなることを懸念したこと(しかし彼は最終的に法案には反対せず、歴史は彼の予想通りとなった)が、現防衛省が保管する当時の資料に記載されていたそうです。

更に番組では、反省会では証言を拒否したある軍令部メンバーが、終戦直後に行われたインタビューに答えている模様を録音したテープを調べ、日米対立が深刻化する前から、軍令部内で海軍の肥大化が自己目的化しており、(対米開戦で勝ち目が無いことを知りながら、日米対立を煽って軍備増強を正当化し、(陸軍との競争で)予算獲得合戦に走り、遂には(陸軍などから)腰抜けと言われ権力を失うのを恐れるあまり、自ら対米戦争を推進するに至った内部事情が明らかになって行きます。

正に、軍部あって国家なし。ましてや将兵や国民の命など全く眼中に無い軍国主義の実態が、次々と明かされていった訳ですが、これは過ぎ去った過去の話でしょうか?

なぜ戦後、日本は軍を管理する機関を、防衛「省」ではなく、省の下位組織である「庁」にしたのか?それをなぜ再度「省」に昇格させたのか?もし、政府自民党や防衛省幹部が過去の戦争を本当に反省しているのなら、なぜ、旧帝国軍人の中でも、日本を意図的に戦争へ巻き込んだ勢力と瓜二つの言動を繰り返す田母神俊雄のような人物を、航空幕僚長にまで昇格させたのか?彼の、戦争回避の方法も戦争が起きた後の事も熟慮せず、ひたすら外国との対立を煽り軍備増強を主張する論法は正に、日本を日米開戦に引きずり込んだ、大日本帝国軍令部の幹部達の、思考回路そのものです。

ちなみに、海軍省や連合艦隊の慎重論を押し切り、日米開戦を強行した軍令部は、いざ戦争が始まった途端、機能不全に陥ります。「反省会」での証言によれば、戦争が始まっても平時の体制のまま増員も許されず、仕事が回らなくなってしまったそうです。これも当時の軍部が、戦争に真摯に取り組んでいなかったことを示す状況証拠でしょう。

更に今度は、連合艦隊(山本五十六)が、戦争を始めたからには有利な戦況を作らなければと、暴走を始め、計画時点で無謀さが明らかだったミッドウエー海戦(連合艦隊が立案)を、最高機関であるはずの軍令部が止められなくなった模様が、「反省会」での証言から、次々明かされて行きます。

番組の終盤近く、反省会で、ミッドウエー海戦当時の潜水艦隊長が、軍令部の生き残りに向かって、「(明らかに準備が間に合わないので)1ヶ月延期を頼んだのになぜ無視した?」「戦争のことを本当に真剣に考えていたなら、対米海戦を止めることは出来たはずだ。本当に勝てないと思っているならなぜ総長に言わなかった?」と詰め寄る音声が放送されました。
それに対する旧軍令部員の発言は「いや真剣に考えていた。でも総長に直接言うことはできない。」と、終始組織内のルール説明ばかり。

戦争を起こした人間達は死ぬまで、「人の命より組織の論理」だったようです。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
というか、永野軍令部総長は体調も悪かったため執務の多くを次長以下の部下に仕事を任せたはずだ
hate
2010/06/09 17:33

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