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zoom RSS 「日本海軍400時間の証言」を見て その2

<<   作成日時 : 2009/08/11 11:33   >>

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前回の続き。
NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第2回「特攻 “やましき沈黙”」を見ました。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090810.html

神風特攻隊に代表される「特攻」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E9%A2%A8%E7%89%B9%E6%94%BB%E9%9A%8A
が、戦時中宣伝されたように「志願兵」によるものではなく、強制(軍による命令)や、特攻であることを隠した隊員募集によって行われたことは、近年しばしば報じられるようになりましたが、今回の放送では、少なくとも海軍の特攻は、軍令部が勝ち目の無い戦争を継続させるため、つまり国家権力維持のためだけに発案し、強行し、更にその犠牲を戦意高揚のために計画的に利用したことが明かされました。

以前は、大西瀧治郎海軍中将の発案によるとされていた、航空機の体当たりによる特攻ですが、旧海軍将校らによる「反省会」では、大西中将が軍令部に特攻を進言する前、特攻開始の1年以上前から、既に軍令部の発令により、各種特攻兵器の生産が始まっていたことが指摘されます。

NHKの補足取材により、軍令部は遅くとも、特攻が始まる半年前の1944年四月には、航空機の体当たりや人間魚雷、ボートによる特攻の構想をまとめていたことが残された資料から確認できること。構想の発案者は、軍令部第2部(兵器担当)の部長であり、連合艦隊長官山本五十六の腹心でもあった黒島亀人少将であること。特攻を作戦として承認したのが軍令部第1部(作戦担当)部長であった中澤佑少将であり、特攻開始前に、特攻を戦意高揚のプロパガンダに利用することを指示した(特攻に限っては、全ての出撃をマスコミ報道するよう電報で命じた)のが、軍令部第1部の源田実(戦後、自衛隊航空幕僚長を経て自民党衆議院議員)であったこと。が明らかにされます。

このように、兵士の命を単なる消耗品として扱っていた軍令部の残虐な実態が、番組では次々紹介されて行きますが、(「反省会」でも、少なくとも海軍航空隊の特攻は、ヴォランティアではなく編成、つまり命令であったことが指摘されます) 番組では同時に、軍令部の幹部達が不本意ながら特攻を推進し、命令による特攻を志願だと偽って報道していた様子も紹介されます。

山本五十六と並び、真珠湾攻撃を成功させた功労者として、黒島亀人は神格化され、軍令部内に彼に逆らえない風土があったこと。特攻を承認した(ただし本人は生涯、特攻が軍令部の発令であったことを隠し続けた)中澤佑が戦時中、息子に対して、特攻はやってはならないと思うが個人の意見を言える状況ではなかった、という意味の話をしていたこと。特攻は志願兵だと偽り続けた源田実が、特攻で命を落とした兵士達全ての氏名や出撃日(命日)を記録した資料や、戦死した特攻隊員達の膨大な遺言を、生涯大切に保存していたことが、番組では明かされます。

なぜ「特攻」が構想され、承認されたのか?番組では、海軍(だけではないと思いますが)に蔓延していた驕りや、新兵器に頼り過ぎる風土の弊害を指摘する、「反省会」での意見を紹介するもの、詳細な経緯は未解明のまま残り、構想を最初にまとめた黒島亀人の本心も、この番組では不明のままでしたが、彼が戦後、哲学や数学などの学問に熱中し、数多くのノートを遺していたことが、番組で紹介されていました。

「特攻は決してやってはいけない」と思っていた常識人達が、「今は個人の意見を言ってはいけない」と長いモノに巻かれ、若者を次々無駄死にさせていった(カミカゼは作戦開始直後を除きほぼ戦果ゼロ。桜花も母機から発進前に母機ごと迎撃。人間魚雷の命中率は2%だったそうです)。この過ちを、現代の組織人が犯さないと、誰が言えるでしょうか?
人の生死に関わると分かっていても、責任ある立場の人間が長いモノに巻かれ危険を隠蔽し、数々の公害問題や薬害問題を引き起こし続けているのが、現代社会です。

旧海軍が、(表向き)カミカゼの戦死者第一号として神格化した関行男さんが、軍から特攻を命じられた後、実際には痛烈な軍部批判を残し、出撃して行ったことは、今では広く知られるようになりました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E8%A1%8C%E7%94%B7

(軍に人質に取られたも同然の)奥さんを守るために死ぬんだと言って出撃した関さんをはじめ、特攻で命を落とした人達のほとんどが、とにかく一日も早く戦争を終わらせて欲しいと願って死んでいったことは、今では広く知られれていますが、実際には、彼らは、戦争を継続させるために、死を命じられたことを、私達は再認識する必要が、あると思います。

補足:当時の軍の組織は、下記のURLで参照できます。
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikukaiguntop.html

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