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zoom RSS ヨーゼフ・ボイスの挑発@

<<   作成日時 : 2010/02/03 23:54   >>

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先月のことになりますが、茨城県の水戸芸術館
http://www.arttowermito.or.jp/index.php
へ、ヨーゼフ・ボイス(JOSEPH BEUYS)の回顧展「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間 」
http://www.arttowermito.or.jp/art/modules/tinyd0/index.php?id=10
を見に行ってきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B9

ボイスの遺した作品が数多く展示されていましたが、お目当ては彼を撮影したビデオ。会場では、1984年5月29日から6月5日までの8日間、ボイスが来日した際に撮影されたビデオ4種類が4箇所で放映されていました。
ビデオに写っていたボイスさんの語りは、素人目には何したいのかさっぱり分からない彼の作品郡とは対照的に、主旨がとても明確かつ論理的なのが印象的でした。

日本が経済力のピークを迎えようとしていた1980年代半ば、資本主義経済の危うさを説きつつ(ただし社会主義についても批判的だった)、「作品」作り以外の社会的アクションも、と言うより、作品作りよりもアクションが、未来の芸術像であると示唆する「拡張された芸術概念」を提唱した彼の言動は、当時のほとんどの日本人(アーティストも含めて)にとってはピン来なかったようで、東京芸術大学で行われた学生との対話集会を収めたビデオでも、彼の「拡張された芸術概念」には具体性が無いという意見を述べる参加者の姿が映っていました。

実を言えば、芸術について体系的に学んだ経験の無い私にとっても、ビデオを見る前のボイスさんについての印象は、「すごく真面目な人で社会的な貢献は大きいけれど、訳わかんないことやってた人」程度のレベルで、この展示を見に行った理由も、なぜボイスさんが現代芸術の世界でカリスマのように崇められているのか?を知るためでした。

けれど、社会主義に勝利したはずの資本主義世界が人々を豊かにするどころか格差拡大に突き進む一方、様々な非営利の社会活動が、組織化されない個人的メディアの手で、インターネットを通じて世界中に紹介されている現在の目で見れば、ビデオの中でボイスさんの語った「拡張された芸術概念」の下での芸術が、具体的にどんなことなのか想像するのは難しくありません。現在行われている様々な非営利活動や、ジャーナリスト個人によるインターネット等を通じた情報発信も、拡張された芸術概念の下では「芸術」なのでしょう。

以前の私が「ボイスさんが袋に入ってコヨーテと遊ぶ」パフォーマンスだと思っていた「コヨーテ −私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」も、本展で上映されていたヴィデオで、ボイスさん本人がパフォーマンスの趣旨を説明していました。曰く
「アメリカに着いてからアメリカを発つまで、ギャラリーの中以外では自分をフェルトで来るんで外の様子が全く見えないようにしたのは、(パフォーマンスのために運ばれる)コヨーテの境遇を追体験するため」
「コヨーテを選んだのは、今のアメリカで、コヨーテは、人々から嫌われている動物だから(先住民には尊敬されていたのに)」

彼の作品やアクションはどれも趣旨が分かりにくいですが、ボイスさん本人は観客を突き放している訳ではなく、全ての作品やアクションの主旨を、生前きちんと説明していたようです。会場で放映されていたビデオの中でも彼は、
「私たちは、アクションの後、(自分達が行ったアクションについて)何日も議論する。けれど、アクションを行っているときは、出来るだけ、あれこれ考えないようにしている。」
と語っていて、アクションについて対話することを非常に重視していたようです。

だとすると、これまで各地で開催されたボイスの作品展や、特に今回の回顧展では、ヨーゼフ・ボイスの作品(講演中に、喋りながら黒板に書いた線を、そのまま保管しているものもあるので、作品というより、遺品と言った方が適切だと思いますが)を、ろくに説明もつけず、膨大な数並べておくことに、どんな価値があるのかという疑問が沸いてきました。確かに、ボイスさんが好んで使った素材の質感を、感覚的に理解させるという効果は、多少あるかも知れませんが・・・?

続く

以下、参考までに、上映されていたビデオから書き起こした、ボイスさんの言葉を掲載します。一つ一つの言葉まで完全に正確に書き起こしたわけでありませんが、その点はご容赦願います。


宇宙の様々な事柄の関係を学ぶために、始めは自然科学を学んだ。けれど本質的なことは学べなかった。その後直感的に、芸術を通じて学べると思い芸術を学んだが、やはり本質的な事柄には近づけなかった。体系化された芸術は、人を、本来知るべき事柄から遠ざけてしまう。

大切なのは、誰もが自由に生きられる世の中を目指すこと。自由とは、自分を、(誰かが決めた基準によってではなく)自分自身で規定すること。世の中がそうなるように、現実の社会に対してで行う具体的アクション全てが(ボイスの言う)「拡張された芸術」。その意味で、人は誰でも芸術家になれる・

人間にとって、思考こそが大事。(価値のある)思考は事柄に対する愛から出発しなければならない。自分の言う愛とは、例えばある植物が、どうすれば元気良く成長し、どうすれば死んでしまうかを学ぶ心。共感や反発は、外からの、お仕着せの価値基準から生まれる感情で、それは愛ではない。

(資本主義対社会主義などの)イデオロギーとは、その内容がどうであれ、政治目的や金銭のために、何かを美化する思考である。私達はイデオロギーとイデー(理念)を混同してはいけないし、イデオロギーではなく、イデーを大切にしなければならない。

貨幣というのは本来、経済に属するものではなく、法や正義に属するもので、報酬というのは本来、自分が自分の能力を世の中のために使った対価をもらう権利。報酬は、雇い主の都合(企業の利益など)で決まるべきものではない。

私はモダニズムとは違う所に居る。美術館やギャラリーから様々な作品提供の要請を受けるが、もう「作品」を作っている時間は無い。
*来日の2年後、ボイスさんは亡くなっています。



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