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zoom RSS ヨーゼフ・ボイスの挑発A

<<   作成日時 : 2010/02/04 21:23   >>

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ヨーゼフ・ボイスの挑発@
http://hiroshi-s.at.webry.info/201002/article_1.html
より続く。

ヨーゼフ・ボイスという人は確かに、”芸術作品”というカテゴリで評価される物体を造り、芸術を発表するための場で行ったパフォーマンスで名声を得た人です。だから彼の残した物体や、パフォーマンスの記録を保存、展示するのは、芸術学や美術の領域で仕事をする人達にとっては当然の仕事なのかも知れませんが、

自分がやってきたことの意味や思想を、ボイス自身が(芸術を専門的に勉強しない人にも分かる表現で)再三語ってから数十年が経ち、「拡張された芸術ってこういうことなんだな」と思えるような具体例をいくらでも見つけることができる今の世の中で、彼の遺品(あえてそう表記しておきます。)を、ろくに説明もつけず、付けたとしてもボイス本人の言葉ではなく、どこかの大学教員や評論家が書いた難解な文書をくっつけて、何十個も、場合によっては何百個も並べて、入場者から金を取ることに、どのような価値があるのでしょう?彼は最晩年には、(鑑賞されるために作る)作品を通じて社会と関わる芸術家像から足を洗ってしまったのですから。

現在から、彼の主張した「拡張された芸術概念」を振り返ると、それは、頭の中の概念いじりで終わりがちな現代芸術に対する、痛烈な挑発ではなかったのか?という気がします。

「作品」造りじゃなくても、人間が真に自由となる社会を目指しての活動は、みんな芸術なんですよ(芸術性を、作家の精神性と考えるなら)。で、そこで訳わかんないモノ作っている「芸術家」さん、あなたのやっていることは、ほんとに芸術って言えるんですか?それを作っているあなたの心は、ほんとに自由なんですか?自由の前提になるはずの、事柄への愛(既成の価値判断に囚われず対象から学ぶ姿勢)が、あなたにはありますか?

「拡張された芸術概念」の背景には、そんな問題意識があるのではないでしょうか?ボイスさん本人がどう思っていたか?今となっては分かりませんが、少なくとも現在の日本のアートシーンは、「作家」と称する人達の、社会との関わり方を、厳しく問い直すべき状況ではないか?という気もします。
http://hiroshi-s.at.webry.info/200906/article_3.html

そして、(とりわけヨーゼフ・ボイスのような人の)活動の痕跡を、作品展という形で(それも禅問答のような謎かけで)有料公開するのは結局のところ、ギャラリーとか美術館とか、学芸員とかを(庶民の理解を超えたありがたくも難解な話を啓蒙する高度な知性を持ち合わせた集団ということにして)権威化し、暴言を承知で書けば、”芸術”にヒエラルキーを造り、維持し、(ヒエラルキーの上層に憧れる)人々の権威主義を原動力に、芸術の世界にうまいことお金を回すための仕掛けに過ぎないのではないか?

だとしたら、エンターティメントの方が、よほど、嘘がない分真摯で偉いし、お金を回す仕掛けとしても生産性がケタ違いに高い。マイケルジャクソンの"This is it"はほんと凄かった。マイケルが芸術家と言えるかどうかなんて関係なく、彼は伝統的な「作品造り」という意味でも世界最高峰のクリエイターだったし、「拡張された芸術概念」の実践者の一人だった、と言っても差し支えないかも知れません。

続く


後日談:
水戸芸術館での「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間 」を見終えてから数日後、この展覧会が特集されていた、美術手帳2010年1月号のバックナンバーを購入して、読んでみました。

ボイスさんが日常的な意味での「作家」として、資本主義社会の経済システムの中で名声と金銭を得たのは紛れもない事実で、その事実を取り上げれば、彼の語る思想と彼自身の行動に矛盾があるとする、暮沢剛巳氏の指摘(同誌161頁)はその通りでしょう。ウイキペディアによれば、ボイスが、自身の作品の材料にフェルトと脂肪を多用する理由として語る、戦時中タタール人に助けられたという話も、研究者の間では疑問視(彼の作り話ではないか?)されているそうです。彼は現代芸術界屈指のトリックスターだったのかも知れません。

ただ、彼が晩年、作品制作で名声を得た自分のキャリアを否定するかのような「拡張された芸術概念」をアピールし続けた功績は、彼の経済的地位を理由に批判できるものではないと思います。自ら退路を断ったようなものですから。「拡張された芸術概念」についての解説は、同誌164頁から166頁に掲載された、椹木野衣さんの解説が、的を得ているのではないかと思います。評価軸がどんどんコンセプチュアルになっていったコンテンポラリーアートの行く末には、「作品」という物体が消えていくのは必然ではないかと思います。


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