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zoom RSS 皮だけ剥がれた岡本太郎

<<   作成日時 : 2011/05/07 01:16   >>

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東京国立近代美術館へ「生誕100年 岡本太朗展」を見に行ってきました。
http://taroten100.com/index.html
良くも悪くも、予想通りの内容でした。

 岡本太郎の回顧展には、これまで2回ほど足を運びましたが、それらと比べ、今回は特に新しい切り口も見当たらず、というよりむしろ、以前よりも作品の形態や色彩のユニークさを紹介することに的を絞った印象さえある展示。戦後の再製作しか現存していない「痛ましき腕」のキャプションに、再製作との表示もなく、オリジナル版の製作年しか掲示されてないとか、やや雑な部分があるのはちょっと気になりましたが、岡本太郎入門編としては、戦前から晩年までの作品が網羅されていて、良い展示だったと思います。

 けれど同時に、「岡本太郎も、幾多のスタイルの中の一つ」扱いになっちゃったんだな、という印象もぬぐえませんでした。「芸術は爆発だ」の意味も、対極主義の意味も、一応説明はされていましたが。

 私は仙台で仕事をしていた頃、休みの日に美術館の図書室に通って岡本太郎全集を読んでいたんですが(16巻までしか読めませんでしたが)、全集の中身は社会の常識に対する挑発の歴史でした。もちろん今でもよく取り上げられる”縄文の発見”など、民俗文化への(当時としては極めて)斬新な解釈も数多く語られていますが。彼が挑発し続けたのは、画壇だけでなく、芸術全体、社会全体。だから岡本太郎が、戦後日本の芸術を牽引した一人として歴史に刻まれた訳で、昨年亡くなった荒川修作さんも、岡本太郎に触発され(て日本に居場所がなくなった)一人だそうです。

 でも今、岡本太郎の作品を語る世に伝える人はたくさん居るけれど、岡本太郎の戦いを伝える人は皆無。戦いがあったこそ彼は紛れも無い芸術家だったはずなのに。

 岡本太郎が社会に放つ挑発は、そのまま本人に跳ね返り、本人の言動の矛盾が露呈する。その矛盾を誤魔化さず、自分との矛盾と戦いながら社会にもぶつかって行く。昔読んだ岡本太郎全集の詳細はもう覚えていないけれど、対極主義って、キャンパスの上だけの話じゃなくて、そういう生き様の話じゃなかったのか?遺された作品も、1960年代半ば以前のものを知ってしまうと、それ以降のものは、デザイン性の方が際立って感じられてしまう。だから公共スペースに置けるようになったのでしょう。渋谷駅ビル内に修復展示された巨大な壁画「明日の神話」も。

 1970年の万博プロデューサを引き受けてから、やたら分かり易い(良く言えば理路生前とした)話しかしなくなって、自己の矛盾を露呈するような真似をしなくなったから、対極主義の教祖岡本太郎をリスペクトしていた人達から総スカン食らって(当時を知っている人は「ミイラ取りがミイラになった」と言ってました)、万博が終わったらタレントになってしまい、晩年はドクター中松と双璧を成す変な爺さん。

 日本でカウンターカルチャーが短い最盛期を終えようとしていた1970年代はじめには、長いモノに巻かれまいとするアーティスト達から抹殺され、本人が(パーキンソン氏病で)タレント活動も出来なくなった最晩年にようやく(養女である敏子氏の尽力で)再評価された時は、日本の芸術界に社会と戦う機運など無く、作品だけが、様式のウンチクを語る美術評論の対象として祭り挙げられていた。

 岡本太郎さんは、皮だけ剥がれて剥製にされて、見世物になったような気がします。それは本人の身から出た錆なのかも知れないけど、皮の中にあったモノのことを伝えてくれる人は、何処に居るんでしょう?

今私が詳しく知りたいのは、万博プロデューサを引き受けてからの岡本太郎の言動の変化。

 岡本太郎が変な爺さんキャラでテレビに出ていた80年代半ば、来日したヨーゼフ・ボイスは現代芸術の延長線上に自ら提唱した「拡張された芸術概念」を語り、作品を目的としない社会活動をこれからの芸術としてブチ上げた(既存の現代芸術にヒジ鉄を食らわせた)。1950年代の岡本太郎だったら、死期を悟ったヨーゼフ・ボイスの、この挑発に、何と応えただろう?


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