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zoom RSS 官製差別(教育を受ける権利を奪われた人達)前編

<<   作成日時 : 2012/07/16 00:13   >>

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先週末、久しぶりに出版UD研究会の会合に参加してきました。今回のテーマは、「ろう児・ろう者にとっての読書」で、話題は主に、未成年のろう者(ろう児)の学習環境についてでした。私にとっては、十数年前、当時の勤め先での社会貢献活動の一環として勉強した、ろう者を取り巻く社会環境についての、再勉強になりましたが、改めて驚いたのは、日本の文部科学省による、執拗なまでの手話の排除でした。

ろう者とは、先天的か、言語獲得前の幼い時に、音声言語獲得に必要な聴力を失ってしまった人達(約1000人に一人の確率で生まれる)のことで、音声言語を獲得してから聴力を失った中途失聴力者とは、全く異なる世界(音というものがはじめから存在していない)に生きている人達です。ろう者は、ろう者同士のコミュニティーの中で暮らす限りにおいては、社会生活に何ら支障が無く、障害者というより、マイノリティーと言った方が適切な境遇の中で暮らしています。

現在、日本のろう者が日常会話で使っている、「日本手話」と呼ばれる身体言語(手、指の動きだけでなく、表情や上半身の動きにも文法規則がある)は、明治11年、京都の聾学校(京都盲唖院)で使われたものが起源だそうで、昭和のはじめ頃には聾学校だけでなく、ろう者の間で広く使われていたそうですが、1933年(昭和8年)、鳩山一郎文部大臣が、全国の聾学校での手話使用を禁止し、ろう者の教員は次々とろう学校を解雇されました。それ以来現在に至るまで、聾学校では、口話法(話者の唇を見て音声言語を理解させる訓練法。現在では補聴器も併用)が唯一の教授法として教育指導要領に定められ、これを生徒に強制し続けています。

しかし口話法は、ろう学校の生徒に強制されてから80年が経過したにも関らず、教育法としては、極めて例外的なケースを除き、学習効果が見られないことが広く知られています。実際日本語には、唇(口)の動きでは全く判別できない単語が多数あり、ある程度以上の聴覚機能がないと、いくら補聴器を使っても、視覚を頼りに音声言語を判別することは、物理的にも不可能であることが分かっています。

文部科学省が現在も採用する口話法(現在は補聴器が併用されるので「聴覚口話法」と呼ばれる)のせいで、ろう児のほとんどは学校で基本的な学力を身につける機会を奪われ、高等教育に対応できるレベルの書記日本語(読み書き)を身に付けるのが厳しい環境に置かれているそうです。

この日の研究会の、講師の一人であった米内山明宏さん(ろう者)も、ろう学校で口話法を強制された一人ですが、ろう学校の授業では、(さっぱり分からないのに)教師の唇から目を離すことができず、発話の訓練では、(自分で発音の確認が出来ないので)、自分の発声が上手く行ったかどうか?いちいち教師の顔色を伺はなければならず、「普通に息が出来ない」状況だったと語って(もちろん日本手話で)いました。では、ろう学校での授業になじめなかった米内山さんが、どこで現在のような流暢な書記日本語(読み書き)を学んだかというと、たまたま近所に住んで居た、ろう者のおんじさんからだそうです。この方が実は、先に触れた、1933年の手話禁止で、ろう学校を解雇された国語教員に方だったそうで、米内山さんは、日本手話だけで、書記日本語の文法(ろう者にとって理解しにくい、て、に、を、は、の使い分け方も含めて)を教わったそうです。
その方は、「もし生まれ変わることが出来るなら、もう一度聾学校の教員になって、(自分が解雇されたせいで)途中で放り出す結果になった生徒(ろう者)達に、最後まできちんとと読み書きを教えたい」と語り、教職を辞めざるを得なくなったことを、後々まで悔やんでいたそうです。

つまり、
日本では、1933年に手話が禁止される前、既に、日本手話による書記日本語(読み書き)の指導法が存在し、教育現場で実践されていた、ということです。



日本手話は、既に言語として、ろう者の間に定着していたので、文部科学省がろう学校での手話を禁止した後も、日本手話は継承され続け、近年は、実際にろう学校でも、表向きのカリキュラムには存在しないものの、手話による指導も増えつつあるそうです。2011年には、障がい者基本法の改正において、手話が「言語」であると明確に規定されましたが、日本の教育指導要領では未だ、手話による指導が認められておらず、ろう学校の授業で手話の使用が許されるのは、国語や数学などの基本教科以外、学校独自の裁量が許される授業に限られているそうです。例えば札幌聾学校では、従来、口話法の指導に充てられていた「自律活動」と呼ばれる授業で、日本手話の指導が行われているそうです(けれど大半の聾学校では残念ながら、ろう者が使う日本手話とは文法が全く異なる、日本語対応手話と呼ばれる特殊な表現が用いられているそうです)。

西欧では1980年代以降、ろう者コミュニティーの間で共有されている手話を言語と認め、ろう学校教育にも公式に手話が導入されているそうですが、日本の文部科学省は、手話につていは未だ、「黙認」するに留まっています。
この日の講師の一人である、玉田さとみさんは、1999年に生まれた次男が先天的な聴覚障害(ろう者)だったことから、ろう教育に関ることになったそうです。

ろう者には「日本手話」という言語が継承されていることを知り、口話法教育の無益さも知った玉田さんは、最初はろう学校、次に教育委員会、最後に、監督官庁である文部科学省へ、ろう学校への手話導入(教育指導要領の中に、ろう者の母国語として手話の授業を取り入れ、ろう児が日本手話で読み書きその他の勉強が出来るようにする)を訴えたそうですが、文部科学省側は、
「手話は研究されていない(実際は数多くの研究例があるので嘘)、実績もない(1933年以前は日本手話による授業が行われていたので嘘)」
という、少し調べれば嘘だと分かるような理由をつけて、要請を拒否したそうです。
更に、「それならばこれから、自分の子供を使っても良いから研究して欲しい」と頼んだところ
「子供を実験台にできない」
と、あたかも、研究目的の授業というもものが存在しないかのような説明で、手話による教育の研究を拒否したそうです。
更に、(聴覚)口話法の実績の無さを指摘したところ
「ある面では問題があることは承知している」
と、ごまかしたそうです。

玉田さんが後に、「全国ろう児をもつ親の会」を設立し、米内山さんと共に、日本手話の授業を行う学校法人「明晴学園」を創立したのは、上記のような、文部科学省による、執拗な手話排除(特に日本手話排除)があったからだそうですが、文部科学省による執拗な手話排除は、ろう学校の中だけでなく、ろう者の家庭にも、暗い影を落とし続けてきました。

後編に続く。





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