さとうひろし 一有権者のブログ 

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本政府には無い歴史への誠実さ

<<   作成日時 : 2016/08/18 02:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

去る8月6日に、NHKスペシャルとして放映された、「決断なき原爆投下 〜米大統領 71年目の真実〜」を見て、一番驚いたのは、近年の研究で明らかになった、トルーマン演説の嘘そのものより、トルーマンの嘘を暴く資料が、米軍の施設も含め、公的な図書館にきちんと保管されて、(恐らくは一定の期間経過後に)社会に開示されている、という点でした。


更に、トルーマンの嘘を暴いているのが、米国内の現職の大学教員達であることも。

もしこれが、日本(特に今世紀に入ってからの)ならば、権力者に都合の悪い資料は、官僚が闇に葬ってしまい、図書館に渡ることはないでしょうし、歴史の闇を暴こうとする大学教員は、国内の愛国者達から、様々な脅迫を受けてしまうでしょう。

そして、今回の放送で紹介された、日本への原爆投下の経緯(近年の資料発掘で明らかになった史実)は下記の通りで、日本への原爆投下は、日米戦争の戦況とは関係なく、大統領の指示でもなく、米軍の意向によって強行されたとのことです。

1、レズリー・グローヴス率いる、米軍の原爆開発部隊は、戦況に関係なく、初めから一般市民虐殺(によって原爆の威力を世界に誇示すること)を目的に、日本の都市、それも、空襲被害を受けていない都市に原爆を落とす計画だった。しかしトルーマンは、ルーズベルトの急死により急きょ大統領になったため、軍の原爆開発(マンハッタン計画)については何も知らず、関心も無かった。大統領就任当初は、クローブスから計画遂行の承認を求められても、報告書に目を通すことすら面倒くさがった。

2. 一方、文民側のトップである、ヘンリー・スティムソン陸軍長官は、B29による度重なる日本空襲が、米国の国際的評価を落とすことを懸念していた。とりわけ、クローブスが強硬に主張した、京都への原爆投下については、実行すれば、米国はナチス以上に残虐な国だと非難されかねないと考え、決して認めなかった。トルーマンも、スティムソンの進言を採用し、グローブスの、再三の承認要求にも関わらず、京都への原爆投下を却下し続けた。

3.クローブスは当初、京都への原爆投下にこだわっていたものの、日本の敗戦が近い戦況となったので、日本の降伏前に、原爆を出来るだけ数多く落とす方針に計画を修正し、京都への原爆投下を断念した。その代わり、当初からの投下目標のひとつだった広島を、軍事都市だと偽って大統領に報告し、大統領が原爆投下を承認するよう工作した。

4.しかし、米国内に残る資料の中に、トルーマン大統領が、原爆投下を承認した記録は、未だ発見されておらず、広島、長崎への原爆投下が、どのような手続きで実行されたかは、未だ明らかになっていない。

5.トルーマンは、広島への原爆投下の2日後の、1945年8月8日に、広島の(軍事施設ではなく)市街地の中心に、原爆が落とされたことを知り、大勢の女性や子供までも犠牲にする作戦を、(事実上)黙認してしまったことを後悔しているとの私信を、友人宛に出している。トルーマンが、広島の市街地に原爆が投下された事を知ってから半日後には、長崎へ原爆が投下された。

6.トルーマンは、1945年8月10日になってようやく、原爆投下の中止を軍に指示したが、その際、「(原爆投下の度に)10万もの人々の命が奪われることは、考えるだけでも恐ろしい」と発言していたことが、記録に残されており、トルーマンが、原爆投下を、極めて非人道的な行為と認識していたことが、判明している。

7、にもかかわらずトルーマンは、その前日の8月9日に放送された、国民向けのラジオ演説では、戦争を早く終結させるために原爆投下を決断したと、実際の原爆投下の経緯とは異なる、嘘の説明を行い、その後も生涯、世界各地で、同じ説明を繰り返した。


トルーマンは、ルーズベルト急死により、何の引き継ぎ説明も受けることなく大統領に就任したため、何も知らされないまま、日米戦争にまつわる重大な決定を強いられていた、という事情はあるものの、軍の暴走を追認し、正当化するために、国民に嘘をつくという、大日本帝国が、中国大陸で行ったのと同じ過ちを、犯してしまった訳です。


今年5月、米国のオバマ大統領は、戦後の米国大統領としては初めて、広島の原爆慰霊碑を公式訪問しましたが、この訪問の背景の中のひとつには、今回放映されたような、米国内での歴史研究の進展が、あったのかも知れません。

原爆投下を正当化した、トルーマンの演説内容が、嘘だったと、米国内から指摘され始めているわけですから、これからの米国大統領は、かつての原爆投下に関して、これまでとは違った態度で、臨む必要に迫られるのかも知れません。オバマ大統領の広島訪問は、ひょっとしたら、その布石という意味合いも、あったのかも知れません。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
その番組、NHKスペシャル「決断なき原爆投下〜米大統領 71年目の真実〜」は、デタラメですよ。
ひとつの証拠は、その番組中で紹介された、1945年8月9日にトルーマンが書いた手紙。
番組中では、『日本の女性やこどもたちへの慈悲の思いは私にもある。人々を皆殺しにしてしまったことを後悔している』とされてました。
けれども、その原文がこちらにあります↓
http://nuclearfiles.org/menu/library/correspondence/truman-harry/corr_truman_1945-08-09.htm
読んで分かるとおり、真逆の意味。後悔どころか、トルーマンが確信をもって原爆投下を決定したであろうことを示す史料です。


そして歴史の研究では、事後、時間が経過してからの当事者の証言は、全く当てになりません。貴重な情報ではあるのですが、事実と相違していることが、決して珍しくないからです。なので、必ず確認をとる必要があります。
この番組、「決断なき原爆投下」では、グローブス将軍の録音テープが出てきますが、それも同様。それが真実である保証はどこにもなく、だから何はともあれ確認をしなければならない。でなければ、それは真偽不明の証言としか扱えません。
ところがその番組ではそうしないまま、真実として扱ってます。非常な手落ちであり、おっちょこちょいであり、歴史の研究とはどういう事か全くわかっていない証拠です。
不来方史郎
2016/08/19 05:24
ついでに、それではなぜ原爆は投下されたのか?というと、通説通り。

日本本土侵攻作戦を回避しアメリカ人の犠牲を最少にしつつ、日本を無条件降伏させる可能性があるとすれば、それは原爆だけだった。おそらくトルーマンは、そのように判断したのだろう。

というのが、私の意見です。
きちんと史料を調べていけば、このような結論になると思います。色々と微妙なところもあるのは確かですけれど。

不来方史郎
2016/08/19 05:33
あなたの紹介した文書を全文読みましたが、あなたの解釈は、相当無理がありますね。

まず、この文書では、上段の部分で、自分達が、日本と同じような残虐な手段を用いていいとは思わないと書いているし、

そのあとの部分には、人口全体を壊滅させるような行いを、明確に後悔と、書いています。

そして、自分の役目は、可能な限りアメリカ人の命を救うことではあるが、日本の女性や子供二対する人道的な感情も持って居ると、結んでいます。

いずれにせよ、自分自身が明確な確信をもって判断したことについて、”regret”(後悔している)とは書かないでしょう。アメリカ人であれ、日本人であれ。

おまけにこの手紙には、トルーマンが原爆投下を承認したとも、書いていませんし。
さとうひろし
2016/08/19 13:17

コメントする help

ニックネーム
本 文
日本政府には無い歴史への誠実さ さとうひろし 一有権者のブログ /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる