2019年10月27日追記:当初は知事も少女像展示に反対だった(あいちトリエンナーレと大村知事)

展示妨害の脅迫が相次いだ、あいちトリエンナーレに対して、文化庁(というより萩生田文部科学大臣)は、既に決定済みの助成を取りやめたと、報道されていますが、その口実「事前の申請内容が不十分」を用意したのは、他ならぬ愛知県である点に、注意する必要があります。

助成取りやめが報道される前日の9月25日、愛知県は、脅迫の原因となった少女像の展示について、責任を全て芸術監督に転嫁するマスコミ発表を行いましたが、
https://mainichi.jp/articles/20190925/k00/00m/040/219000c
https://www.huffingtonpost.jp/entry/hyougenn-no0hujiyuu-ten-geijutsukantoku_jp_5d8b202ee4b0c6d0cef3d4d1
その発表内容をよく読むと実は愛知県は、芸術監督を批判する体裁を取りながら巧妙に、問題となった少女像の芸術性も、否定していることが分かります。

愛知県は、検証委員会という体裁で、芸術監督に責任を転嫁していますが、その、検証委員会がトリエンナーレを、
>広く県民が楽しめる祭典
と、芸術を、レジャーと履き違えた位置づけをしている所からして、芸術のために奮闘した関係者、芸術の展示を期待する来場者を、バカにしています。日本各地で行われているトリエンナーレが、ヴェネチアビエンナーレなど、社会問題に正面から向き合う、欧州の芸術祭を模倣して始まった経緯を考えても、検証委員会の、
>「政治的テーマだから『県立や市立の施設を会場としたい』という芸術監督(津田氏)や不自由展実行委員会のこだわりは、公立施設が想定する使用目的から逸脱している」
という見解は、履き違えも甚だしいものです。

私は今回も含めて過去3回、あいちトリエンナーレの展示作品を見に行きましたが、検証委員会のメンバーが、これまであいちトリエンナーレで展示された作品群を知った上で
>広く県民が楽しめる祭典
と言っているのだとしたら、愛知県民は、現代芸術への理解力が、日本社会の中では並外れて高い(大抵の日本人には全く楽しめない、どころか嫌悪感を抱かせかねない作品でも、じっくり鑑賞して様々な想いを巡らせることができる)ということになり、そもそも「表現の不自由展・その後」への批判(実質的には少女像の展示中止要求)は、少なくとも県民の間からは沸き起こらなかったでしょうし、名古屋市長が公然と、幼女像の展示中止を要求できる状況にはならなかったでしょう。ましてや脅迫などの展示妨害に対しては、ほかならぬ県民が、強く批判していたでしょうし、(先日ブログで指摘したように)愛知県警が妨害への捜査を渋るような事態は起きなかったでしょう。

その上同委員会は、史実を題材にしただけの「少女像」について、
>「政治性を認めた上で偏りのない説明」が必要
としていますが、史実を題材にすることが政治性なら、歴史を題材にした絵画などは全て、政治性を認めた上で偏りのない説明が必要になります。しかし愛知県が(私も所用で何度も愛知県に行き、県立美術館の展示は見ていますが)、少女像以外の、歴史を題材にした絵画の展示で、そのような説明をしているのを見たことがありません。実際検証委員会も、問題となった少女像について、どのような説明が望ましかったのかについては一切言及しておらず、実は、”偏りのない説明”とは何かを、一切提示していません。つまり検証委員会を名乗りながら、検証などしていないのです。
こうしたコメントは表向き「説明不足」という体裁を取っていますが、政治性があると決め付ける事自体が、少女像の芸術性(普遍性)を否定する内容で、少女像(のオリジナル)の作者への冒涜でもあります。そもそも、表現の自由が保障されている社会で、作品の中で史実がどう受け止められているかを、いちいち説明(=言語化して公表)しなければいけないという考え自体が、表現の自由を否定する態度です(言語化しなければ表現してはいけないと言うのなら、文学を伴わない表現は、成立しないことになる。ましてや抽象的な表現は)。

また検証委員会は、あいちトリエンナーレへの脅迫の口実が、(少なくとも報道を見る限りでは)少女像一点に集中し、他の作品については批判に留まっていたにもかかわらず、
>慰安婦を表現した少女像や昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などに抗議が集中した
と、抗議と展示妨害とを混同させ、少女像が問題の核心であったにも拘らず、他の作品と少女像とを同列に述べ、問題をぼかしている点も姑息です。

このように検証委員会は、少女像の展示や説明の是非について、具体的な論評を避けているにも拘らず、芸術監督の言動について、
>「誤解を招く展示が混乱と被害をもたらした最大の原因は、無理があり、混乱が生じることを予見しながら展示を強行した芸術監督の行為にある」
と結論づけていますが、これは、結論を裏付ける根拠を提示しない決め付けで、責任転嫁に他なりません。

更にマネジメントの基本に立ち返ってこの騒動を振り返ると、そもそもあいちトリエンナーレにおいて、芸術監督は、具体的にどのような事項について決定権や指揮権を持っていたのか? 具体的な責任範囲が、少なくとも私の知る限りでは、全く公表されていません。展示する作品の選定までのプロセスについて、芸術監督が権限を持っているだろうことは予想できますが、では、トリエンナーレの実行委員会が展示を承認した作品についての、安全な展示(作品の保護)と来場者の安全な鑑賞について、誰(どの役職)が、どのような権限と責任を担っているのか? 少なくとも私の知る限り、愛知県は一切明らかにしていません。

このように、責任の所在があいまいな組織での問題を取り扱う場合、最高責任者以外の責任を問題にしようとすれば、責任範囲があいまいなのですから、どうやっても責任転嫁にしかなりません。換言すれば、これまで公開されている情報を見る限りにおいて、あいちトリエンナーレの問題については、最高責任者である実行委員長、つまり愛知県知事の責任を問うこと以外は不可能で、愛知県知事以外の役職の責任を問題した、検証委員会の活動そのものが、責任転嫁だと、言っても差し支えないだろうと思います。

つまり愛知県は、検証委員会という体裁を使って、芸術監督に責任を転嫁した上に、少女像の展示まで否定的に評価していたわけで、愛知県自らが公然と、自らの決済で実施を承認した事業を後から、まるで部下が勝手な真似をしたかのように批判したのでは、文化庁(萩生田)に、展示内容をきちんと事前に申請しなかったと、因縁をつけられても仕方ありません。

大村愛知県知事は、政府に対し、補助金支給を取りやめるなら国を訴えると述べていますが、自ら展示内容に問題があると認めておきながら、補助金だけは確保しようというのは、虫がいいのも程があります。彼は表向き、展示中止に追い込まれた「表現の不自由展・その後」について、再開を目指し”たい”と述べていますが、再開する、あるいは再開を目指すといった、トリエンナーレ実行委員長でもある、自らの責任が問われるような発言を避けている点にも、注意する必要があります(2019年9月末時点)

つまりどういうことかというと、大村愛知県知事は、トリエンナーレの展示妨害について、自らがトリエンナーレ実施の最高責任者であるにもかかわらず、その責任を全て、展示内容の検討という部分的な権限しか無い芸術監督に転嫁した上で、自らは責任を問われないよう、形式的に、展示再開を希望して見せて、補助金だけはしっかりもらおうとしているわけです。彼は、少女像の展示中止を公然と要求した名古屋市長より、悪い意味で一枚上手です。

私は先日もブログで指摘しましたが、県知事は、県警を指導・監督する権限があり、トリエンナーレの展示を妨害する、執拗な電話や脅迫について、県警に徹底検挙を指示する責任がありました。しかし、その責任を何ら果たさないまま、(検証委員会という体裁を使って)責任を全て芸術監督に転嫁するという姑息なことをしています。彼に、表現の自由を守ろうとする使命感があったとは、考えにくいです。


2019年9月30日追記:
なお、「表現の不自由展・その後」を中心に追い込んだ脅迫電話のうち、少なくとも一件は、自民党員が掛けていたことが、既に明らかになっています。
https://mobile.twitter.com/FFMatudo/status/1177962219759267845

この自民党員は、ネット上で松平美濃守と名乗り(脅迫の電話をかけたことが世間に知られた後、ハンドル名を変えている)
>自民党員 (河野太郎防衛相支持)。 座右の銘は「お天道様は見ています」。アイコンは不屈の宇宙飛行士、アラン・ シェパード。日本核武装論&パチンコ廃止論者。FGO民(ゆるめ/強運)
という自己紹介で、自ら自民党員であることをアピールしていましたが、
あいちトリエンナーレ検証委員会が一連の電話の音声を公開した際、自分の音声を勝手に公開したと腹を立て、そのことをツイートしてしまった(自分が電話の主であると名乗り出た)ため、そのツイートを数多くのネットユーザにスクリーンショットされてしまい、彼が「表現の不自由展・その後」を中止するよう脅した人物の一人であることが、世間に知れ渡ってしまいました。

またこの、松平美濃守と名乗っていた人物が、岐阜県大垣市在住の自営業者(HP制作請負などの)らしいことも、ネットユーザの追跡によって、明らかになっています。
http://okinawansea.hatenablog.com/entry/2019/09/28/231736


2019年10月27日追記:
「表現の不自由展・その後」は結局一般公開されず、10/8から会期終了まで、抽選に当選した者(1日数十から数百名)だけが閲覧できる内覧のみで終わりましたが、同展展示再開後、同展抽選場所周辺で配布されていた、検証委員会の中間報告書には、脅迫の口実になった少女像について、愛知県知事も、県側のキュレータも、当初は展示に反対していたことが記載されていました。

今では表現の自由の守り神であるかのように賞賛されている愛知県知事ですが、展示作品が確定する間際まで、あまり良くない意味での、日本的な芸術展(当たり障りのありそうなものは出さない)を望んでいた様子が伺えます。

また大浦信行氏の作品については、トリエンナーレ実行委員会内部で、展示自体への、強い反対意見はなかったようですが、映像の一部だけが切り取られ、悪意で曲解されて広められる危険性はトリエンナーレ開催前から予想されていて、会場での撮影禁止や、SNS投稿禁止のルール創りが、開会直前まで議論されていたようです。





「表現の不自由展・その後」ファクトチェック

名古屋市長による、少女像の展示中止要求からテロ予告に発展し、会期終了間際まで展示中止を余儀なくされた、あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」ですが、私は幸い、展示再開後の抽選に当たり、作品を直接観ることができました。展示されている作品の中には少女像のように、そのテーマ自体が暴力的な隠蔽圧力に晒された作品もある一方、(出品を拒否された)という武勇伝を、水増ししているかのような作品も、ありました。

話を一旦、先月末に戻しますが、9/29に東京で開催された、日本サウンドスケープ協会臨時総会&シンポジウムの席上、同協会理事長と前理事長(9月時点の)より、
日本サウンドスケープ協会が、2013年に、千葉県立中央博物館において開催した、「音風景の地平をさぐる」展で展示した「福島サウンドスケープ」というコンテンツが、「表現の不自由展・その後」にも展示されているが、コンテンツの説明に、事実とは異なる内容があり、(来年度から正式に社団法人化される)当協会の、社会的信用を損なわないためにも、当協会として事実関係を明確にしておく必要がある。
との問題提起がありました。

私が、抽選制で入場者を限定している「表現の不自由展・その後」に、わざわざ足を運んだのは、個人的な関心だけでなく、自分が理事を務めている日本サウンドスケープ協会の、理事長・前理事長(9月時点)も、「表現の不自由展・その後」の会場における展示内容を問題視しているのが分かったからです。

そして会場に足を運んで観ると、展示されていた「福島サウンドスケープ」の説明にはやはり、事実とは異なる記述がありました。

結論から書くと、
>本作は2013年の「音の風景」展(千葉県立中央博物館)に出品されたが、作家自筆の説明文が。福島大学の学長と執行部の除染活動不徹底への批判箇所の削除である。検閲の多様性も伝える例だ。
という説明文中、

>「音の風景」展(千葉県立中央博物館)に出品された
という記述が不正確で、

>作家自筆の説明文
という記述が事実とは異なり

>検閲・修正された
という記述も、事実とは異なっていました。


以下、事実とは異なる点を具体的に説明します。

まず第一に、検閲とは何かと言うと、検閲を行う(制作物の公開可否を一方的に決める)側と、検閲を受ける側(制作物の公開を申請する)側という、上下関係にある、二つの、それぞれ独立した立場の存在が、大前提となります。更に、比喩ではなく、客観的事実として検閲という言葉を使う場合には、検閲を行う主体が公権力、という限定が付きます。

「福島サウンドスケープ」の展示は、日本サウンドスケープ協会と、千葉県立中央博物館との共催事業である、「音風景の地平をさぐる」展の一部であってので、検閲が成立する上下関係は、そもそも存在しませんでした。共催者に、任意団体である日本サウンドスケープ協会が含まれるので、客観的な意味合いではなおさら、検閲は成立しません。

そして、「福島サウンドスケープ」と命名されたコンテンツの制作者である永幡幸司氏は当時、日本サウンドスケープ協会の常務理事であり、同協会が行う全ての活動を、監督・承認する責務を負っていました。つまり永幡氏は、この展示の主催者側、すなわち出展物をチェックする側の人間でしたので、永幡氏自身と、展示の主催者との関係も、検閲が成立する上下関係にはありませんでした。

更に永幡氏は、日本サウンドスケープ協会の展示担当者と、(説明文原案の修正を求めた)千葉県立中央博物館との折衝で調整された、「福島サウンドスケープ」の説明文の最終的な文面について、電子メールで承認を与えています。すなわち、千葉県立中央博物館と、永幡幸司氏との間には、立場上も、文面を巡る交渉のプロセス上も、「検閲」は存在しませんでした。

次に、問題の説明文の文責は誰にあったかというと、これは、コンテンツ制作者の永幡氏ではなく、「音風景の地平をさぐる」展の、展示パネル(の版下)作成担当者でした。同展では、永幡氏作成のコンテンツに限らず、同展で紹介された協会員の活動全てについて、活動を行った当人ではなく、パネル作成担当者が、展示パネルに記載する文書を作成しており、個々の活動担当者は、永幡氏のみならず全員、パネル作成担当者に、説明文の原案を、提出していました。従って展示物の説明文は、「福島サウンドスケープ」に限らず、どの展示物についても、作家の自筆ではありませんでした。

展示パネルの説明文を、こうしたプロセスで作成したのは、「音風景の地平をさぐる」展が、日本サウンドスケープ協会員個々の、成果発表ではなく、日本サウンドスケープ協会という、団体名義での成果発表として企画されていたからで、同展の企画趣旨も、展示パネル作成のプロセスも、永幡幸司氏を含む、日本サウンドスケープ協会常務理事会が、承認していました。私自身も当時、日本サウンドスケープ協会の事務局長として、「音風景の地平をさぐる」展の構想から会期終了に至るまでの、永幡幸司氏も含む全常務理事、同展実行委員、千葉県立中央博物官側担当者の言動を、自分自身の会合出席と、議事録、メーリングリストによって、逐次確認していました。

上述の通り、千葉県立中央博物館における、「福島サウンドスケープ」の展示は、日本サウンドスケープ協会と、千葉県立中央博物館との共催で開催された、「音風景の地平をさぐる展」の中で、(個人名義ではなく)日本サウンドスケープ協会名義で出展されていた展示の一部でした。「表現の不自由展・その後」の会場パネルに記載されていた、「音の風景」展とは、日本サウンドスケープ協会制作の、「音風景の地平を探る」展も含む、複数の展示の総称なので、
>「音の風景」展(千葉県立中央博物館)に出品された
という、「表現の不自由展・その後」での記述も、嘘ではありませんが、「福島サウンドスケープ」が同博物館に展示された経緯を考えれば、正しい記述とも、言えないでしょう。

なお、上述の事実関係の概要は、日本サウンドスケープ協会公式HPの中の、下記URLにも明記されていますので、ご確認願います。
http://www.soundscape-j.org/activity_20th.html