深刻なのは技術より人の後進国化

COVID-19 蔓延によって、世界各国の学校で遠隔授業の導入が進む中、日本国内での遠隔授業の立ち遅れが際立ち、日本のIT技術の立ち遅れが問題になっていますが https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20200505-00177052/ https://globe.asahi.com/article/13324586 日本の技術の立ち遅れというのは、結果として現れる表面的な現象であって、原因は日常的なコミュニケーションやマネジメントのやり方ではないでしょうか? 授業に限らずビジネスでも、ペーパーレス化、遠隔化が進まないのは、きちんと言葉にする、理性的に話し合う、記録に残すといった、共同作業の基本にずさんな部分があるせいではないでしょうか? それらの基本がずさんだと、作業の段取りを書き表せず、関係者の間で共有して検討する事ができないから、電子化もできない。ましてやネットを介した作業など出来ない。 日本の後進国化というのは、人間関係の部分での立ち遅れが一番深刻で、それが、今世紀に入ってから、とりわけ2010年代以降の、技術革新の足を引っ張り続けているではないでしょうか? 学校教育については、一学級の異常な人数の多さ(教員への異常な負担集中)や、学習指導要領の縛りなど、制度上の弊害が、立ち遅れの主な原因かも知れませんが、生徒たちに自発的に考えさせ、調べさせ、説明させ、検証させ、問題を発見させ、正解を決めずに、考えさせるという、リテラシー教育の立ち遅れも、深刻なのではないかと思います。 日本では、教育へのIT導入というと、ことメディアに掲載されるインタビュー記事や解説記事では、学習指導要領で正解が定められた、既存の知識体系や思考法を、いかに効果的に生徒に習得させるかという、画一的な能力取得の手段として論じられるケースが多く、インターネットを通じた検索、調査、双方向コミュニケーションを生かしたリテラシー育成や、マルチメディア技術を生かした創作や説明(プレゼンテーション)能力の育成が語られるのは、音楽、図工、美術といった、芸術関係を中心としたごく少数の分野に限定されていました。 ディベートの教育も、本来は自分の意思に関係なく立ち位置を与えられることで、相手の立場で物事を考える習慣を育む教育であるにもかかわらず、日本では”識者”と呼ばれる人達の多くがディベートを、個人の意見を闘わせる訓練であるかのように説明するほど、思考力を養う教育への、理解が乏しいのが、日本社会の実情です。 日本の教育界のIT化の立ち遅れは、生徒達に、自発的な思考や、正解の無い問題に取り組む姿勢、他者とのコミュニケーションを通じた思考の深化、といった、能力や動機を育む姿勢の立ち遅れが、問題の根底にあるような気がします。実際、COVID-19 の蔓延を機に日本の立ち遅れたが指摘されたのはもっぱら、教育現場でのコンピュータ利用の中でも、インターネットを介した、生徒と教師の間での、双方向のコミュニケーションを通じた遠隔授業でした。 京都精華大学学長のウスビ・サコ氏(マリ共和国出身)は、日本はOECD加盟国の中でもオンライン授業の普及が遅れ、教師と生徒の親とが、生徒の学習状況を(オンラインで)共有できていない問題を指摘した上で、その原因は、親が子供と向き合う時間を作れない社会の構造にあると、下記のように述べています。 >以下、"AERA.dot"の記事より引用 小中学校や高校について、OECD加盟国の多くは以前からオンラインと対面式授業を併用しています。しかし、日本は対面式を重要視し、オンラインと併用させてこなかった。たとえば、国や自治体が各家庭に最低コンピューター1台やポケットWi-Fiを提供し、生活と子どもの教育に使ってもらう、というような手伝いもしなかった。こうしたところは改善されなければならないでしょう。  日本では、先生に呼ばれて初めて、うちの子の成績が良い(悪い)ことがわかります。学校と親がオンラインでつながり、双方で学習状況をしっかり共有していないからです。コミュニケーションの手段が変われば、親も子どもの変化を追いかけられます。学校は、「親に迷惑をかけてはいけない」「親は忙しい」と考え、親の負担を軽減しようとする意識をもっているので、コミュニケーションが取れません。そもそも「親が子どものことを考える暇もないほど忙しい」という現状には、疑問があります。  また「子どもが2週間家にいただけで親が大変」という声をよく聞きますが、親がわが子とじっくり1~2週間、一緒に過ごせない状況がつくられていることに、非常に驚きました。日本は、子どものことで親が仕事を休んでも、国や自治体または会社が全面的に補償する制度になっていません。休んだ分、損をするとなれば、子どもを育てるお金がなくなるのだから仕事をしなくてはいけない。そういう社会だから、わが子との向き合い方がわからない親が増えていると思います。この機会に社会のあり方を変えていくべきです。 >引用終わり 日本社会が、学校教育分野をはじめとする、IT(とりわけネットワーク応用)技術の立ち遅れを克服するにはやはり、まず社会のあり方から、変えなければならないようです。 補足:教育ディベート http://www.flc.kyushu-u.ac.jp/~inouen/intro-debate-inoue2.pdf
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9/17加筆:”世論調査”という名の、でっちあげと同調圧力

新聞社やテレビ局は、国政について何か大きなニュースがあると、しばしば、電話を使った、”世論調査”を行いますが、この調査法は原理的に、統計学的信頼性が期待できません。  マスメディァが行う世論調査を殆ど全ては、RDD方式という、無作為に抽出した電話番号(最近は携帯電話の電話番号も含んでいる)に電話をかけて調査する方法が採られています。  現在の日本では、電話の無い世帯を探すのが大変なほど、電話が普及しているので、一見すると、この方法でも、ランダムなサンプル抽出が出来そうですが、この方式を回答者の側から見ると、RDD方式での調査の対象となるのは、主に平日日中、いきなり掛かって来る、赤の他人(それも、近年は合成音声が多い)から掛かって来る長電話に付き合っていられるほど、暇な人に限られ、大半の勤労者や学校に通っている学生は、対象から外れてしまう危険性が、高い調査法です。更に携帯電話宛の場合、連絡先に登録していない相手からの電話であることが、ディスプレイの表示で分かってしまうので、仮に暇でも、電話に出ない人も多数居ると考えらます(私自身、アドレスブックに登録されていない相手からの着信は無視します)。固定電話宛の場合、家に人が居なければ、誰も受話器を取れません。  このように、調査対象者の側からRDD方式を見ると、RDD方式が、日本全体からランダムに回答者を抽出するという、世論調査の前提条件を満たすとは、到底考えられません。 *参考記事: http://uupaa.hatenablog.com/entry/2013/12/12/182540 https://www.mag2.com/p/news/255224/  それにもかかわらず報道各社は、公共放送であるはずのNHKでさえ、調査の前提が成立し難く統計学的信頼性を欠く”世論調査”の結果を、日本の世論だと断定的に、全国ネットのテレビニュースや全国紙の紙面で、大きく報道します。このような報道は、あからさまな情報操作であり、原理的に信頼性を欠く手法を公然と採用している点からして、世論のねつ造と言っても、差し支えないかも知れません。 その上マスメディアの世論調査では、政策問題への賛否を問う質問で、その政策についての説明を一切せずに賛否を問う場合が大半です。これは回答者に判断材料を与えず賛否を問うているわけで、単にその政策問題について、マスメディアが報じる主張(近年はその政権与党の主張を無批判に報じるケースが珍しくない)が、どの程度世間に浸透しているかを、調べているに過ぎません。権力に迎合する報道を繰り返すメディアが、内閣支持率を問えば、いつも高い数字が出るのは、あたりまえのことです。 また他の文化圏と比べ、同調圧力の強さがしばしば指摘される日本社会では、マスメディァによって、(情報の信頼性が低いにも拘らず)事実であるかのように報じられる世論調査が、日本の大衆の言動を、マスメディァが報じた世論調査結果に合うよう、誘導している危険性も、考える必要があるでしょう。  実際、マスメディァ各社が、内閣支持率や、与党の政策の支持率を調査した(と称する)世論調査が出る度に、それはおかしいと、ツイッターなどのSNS上で異を唱える著名人・一般人の中にも、世論調査の結果を前提として、日本の大衆について、あーだこーだと評論している人達が、珍しくありません。普段、事あるごとに、与党の政策や閣僚の言動を批判している人達でさえ、マスメディァが発表する世論調査の数字には疑いを持たない。こうした、政治にモノ言う人達の間にさえしばしば見られる、リテラシーの弱さは、マスメディァに、実際の世論の支配権を与えかねないという点で、非常に危険だと思います。    実際私はしばしば、世論調査の数字を前提にした、有名人のツイートに対して、世論調査自体の信ぴょう性が乏しい事を伝えるリプライを返すのですが、それに対する反応は皆無で、たまに、投稿主以外の人が、私のリプライをリツイートする位です。  マスメディァが事ある毎に、世論調査と称して、与党の政策や内閣への高い支持率を、統計学的信頼性もなく報道している現在、マスメディァの行う世論調査のでたらめさは、もっと厳しく批判されなければならないと、思います。  補足: また以前にも、ブログに書いたことですが、世論調査などの意識調査は、仮に、サンプル抽出がランダムに行われたとしても、質問の文言や、質問の順番をアレンジすることで、回答に偏りを持たせることができるので、注意が必要です。郵送調査で行われる世論調査や、対面方式で行われる世論調査では、サンプル抽出の後の段階での操作が無いかどうか? 確認する必要があり、調査の手順や質問の具体的な文言を公開していない意識調査は、鵜呑みにしてはいけません。 https://hiroshi-s.at.webry.info/201704/article_1.html  
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