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zoom RSS 官製差別(教育を受ける権利を奪われた人達)後編

<<   作成日時 : 2012/07/16 02:56   >>

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前編からの続き)
最初に書いたように、ろう者は中途失聴者とは異なり、「障がい」と言うより「マイノリティ」と呼ぶべき境遇の人達で、そのアイデンティティと不可分の言語(日本のろう者の場合は日本手話)と、文化(ろう者特有の生活様式やマナー)を共有しています。しかしこれらの言葉や文化は、文部科学省による手話排除政策によって、ろう学校の中だけでなく、社会でも一層厳しく拒絶されるようになり、多くのろう者達を苦しめてきたそうです。

ろう者の子を持つ親が、手話を使おうとするわが子に手を上げる、学習の機会を奪われた上に無能扱いされる。何かをやろうとしても(ろう者)だからダメと決め付けられる。このような差別は、親もろう者の場合には、ひどくならないようですが、ほとんどのろう者は、聴覚に異常の無い(いわゆる健聴者の)両親から生まれて来るそうです。この日の講演で、具体例は殆ど出ませんでしたが、米内山さん(ろう者)によると、悲惨な事例はいくらでもあるそうです。

最近では、聴者のための手話学習サークルも増え、一見すると、ろう文化への理解が広まったようにも見えますが、殆どの手話サークルで指導されている手話は、ろう者が使う日本手話とは文法が全く異なる、日本語対応手話だそうです。この手話は、日本語を、その語順に従って、擬似的に手と指で表現する言葉ですが、語順が日本手話と全く異なる上(日本手話の語順は英語に類似)、文法規則の中に、表情や上半身の動き(日本手話では不可欠)が無く、ろう者にとっては非常に理解しにくい表現だそうです。ろう者の米内山さんは、日本語対応手話にはろう者のアイデンティティの匂いが全く無いと、日本語対応手話の乱用に警鐘を鳴らしていました。

筆者補足:
日本語対応手話は、日本語の単語を、逐次(日本語の語順に沿って)手や指の動きに置き換える表現で、手指日本語とも呼ばれます。どちらの言い方を使うかは論者の政治的スタンスにより、今回の講演者である、玉田さんや米内山さんなど、日本手話がろう者のアイデンティティである面を強調する人達は、手指日本語と言いますが、ウイキペディアなどネット上では、日本語対応手話という言い方が優勢のようです。一部のテレビ番組の画面脇に出る手話通訳の映像は、日本手話と日本語対応手話が混ざっているケースが多いようです。
また、(健聴者対象の)手話サークルで指導する手話コーラス(音楽に合わせて手話を演じる)も、その大半が日本語対応手話で演じられるにも関らず、それをろう者の前で披露しようとするグループが後を絶たないことから、手話コーラスは少なからぬろう者から、「ありがた迷惑」と非難されていることも、前の勤め先で知りました。

米内山さんによると、日本の手話サークルの数は世界一だそうですが、例えば北米には、手話サークルに相当する活動自体が存在しないそうです。ろう者のコミュニティーの外部で、手話指導(ましてやろう者が使わない手話の)をするという発想が、北米には無いそうです。

このように、ろう者を取り巻く、社会の現状について、批判的な認識を示した講演者のお二人でしたが、お二人共、自ら積極的に社会に溶け込み、一歩一歩、状況を改善してきた実績がある上での批判なので、非常に論理的、具体的で、対案も明確であり、説得力がありました。

玉田さとみさんは、日本手話の導入を頑なに拒絶する文部科学省を尻目に、まずは、日本手話を教えるフリースクールを開設し、その実績を元にNPO法人バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター(BBED)を立ち上げ、更に2008年、当時の構造改革特区制度を利用し(実際には何度も応募・落選を繰り返し様々な苦労があったそうですが)、都内品川区にろう児のための私立学校「明晴学園」を、米内山さんと共に創立しました。その傍ら、ろう者達から「聴者が日本手話を身に付けるのは不可能」「聴者がろう児を手話で子育てするのは不可能」と言われながらも、日本手話を学び、今ではろう者と、日本手話で会話をしています。

一方米内山明宏さんも、ろう者劇団の立ち上げ、運営をはじめ、様々なメディアでの手話(ろう者向けの)監修など、多彩な文化活動の実績で、日本で最も著名なろう者の一人です。

学術の世界では、日本手話による書記日本語などの教育には効果が無いという意見も根強い(ただしその事を示す具体的データも無い)ようですが、今回の研究会では、玉田さん達が、これまでのバイリンガル(日本手話と書記日本語)教育実践の成果に基づいて制作した教材(書籍やDVD)が、複数紹介されました。また米内山さんからは、近年普及が進んでいるスマートフォンやタブレット端末で再生できる、ろう者(ろう児向け)のコンテンツ日本手話の動画を収録したコンテンツ出版への協力が、要望として述べられました(出版関係者が集まる会合なので)。


その他、質疑応答の場で出た話としては、

最近、さまざまなハンデを持つ人達への「情報保障」が、法的に定められる動きが出て来たのは良いが、何が情報保障かを、当事者でない人達が一方的に決めている現状には問題がある。(玉田さん)

ろう学校や手話サークルでの、日本語対応手話の氾濫で、日本手話の使い手が減り、ろう者のアイデンティティーが奪われる懸念を抱いている(日本手話などの、Sign Language だからこそ伝えられる心情が多々ある)。(米内山さん)


手話に限らず、言語教育にはネイティブの指導が不可欠。日本の言語教育はネイティブの指導が無いので、ろう者教育でも英語教育でも成果が出ない(米内山さん)。

(北米では聴覚障害者でも航空機パイロットのライセンスが取得できる事等を例に挙げ)「ろう者だから無理」を無くすのが、大人の仕事。(米内山さん)

(「聴覚障害者を音楽会に誘って良いものだろうか?」という質問に対して)
ろう者でも、音楽への接し方や好みは人それぞれなので一概に言えない。相手が「行きたい」と言ったら誘えば良い。特別に気を遣う必要は無い(米内山さん)
ろう者にも音楽を楽しんでもらおうなど、聴者の文化をろう者に押し付ける発想自体が大きなお世話(玉田さん)。

日本におけるろう者教育が立ち遅ている、一番の原因は文部科学省の政策ですが、それを助長するような心は、私達一人一人の中にも潜んでいるのではないでしょうか?官僚だけを責めても、問題は改善されないような気がしました。

また、一口に「ろう者」と言っても、考え方は様々で、日本手話、日本語対応手話に対する意見もいろいろあるようです(私は以前、ろう者の方々のブログで、日本語対応手話や手話コーラスを、ありがた迷惑と批判する人達と、聴者がろう者を理解するためのステップの一つとしての効用を認め、表立った批判を避けている人達がいる事を知りました)。現状では、先天的な聴覚障害者の全てが、ろう者のコミュニティーに入り、日本手話を身につけられる訳でもなく、問題は複雑です。

私は、玉田さん、米内山さんのスタンスを支持していますが、彼らとは異なる意見については、下記などをご参照願います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%86%E6%96%87%E5%8C%96
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E8%A9%B1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%86%E6%95%99%E8%82%B2





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