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zoom RSS 良くも悪くも身体が決め手(大野一雄フェスティバル2012より)

<<   作成日時 : 2012/09/20 02:01   >>

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現在横浜で開催中の、大野一雄フェスティバル2012 の中で行われた公演を、二つほど見てきました。それぞれ、演出に趣向を凝らした公演でしたが、良くも悪くも、ダンサー達の身体表現力で全てが決まってしまうことが、強く印象に残った公演でした。

一つ目の公演は、大橋可也&ダンサーズと、空間現代による 「ウイスパーズ」と「断崖」の二本立て公演。主催の大橋氏が”ハードコア・ダンス”と呼ぶ、一貫したストーリー性を排しながらも、様々な舞台や映画のワンカットをランダムに配置したような構成で、音楽(と言うより音響)も、楽音よりもノイズ・爆音を主体に、音声、微小音(微小音量での再生のため、何とマイクロフォンをスピーカとして使用)など主体としたハード・コアな構成。

二本共、非常に意欲的な試み、ではありましたが、ダンサー(今回は全員女性)が登場した途端、良い意味での緊張感が崩れてしまいました。ダンサー達は一応、振り付けをこなすだけの筋力と柔軟性を備えていたようですが、一人を除き、体幹や指先の動きにまでは配慮が行き渡らず、そのため存在感が希薄で、非常にしっかりと構成されていた音響に比べ、踊りの方は、単に女の子達がごちゃごちゃもつれ合っているという印象で終わってしまいました。

二つ目の公演は、藤本隆行構成による、「Node/砂漠の老人ver.β」。こちらの公演は、一つ目の公演とは正反対に、構成・演出の貧困さがダンサーの表現力で救われていた公演でした。

”砂漠の老人ver.β”は、ヴァイオリンの生演奏やプロジェクターによる映像投影、CGによる映像制作、LEDを使った可変色証明等、様々なテクニックを盛り込んだものの、一つ一つのテクニックの使い方に、生演奏の内容も含めて目新しさや実験的要素を見出し難い上(エレクトロニクスを制御するソフトのプログラミング作業には、難易度の高い部分もあったそうですが)、それらを貫通する世界観が何ら感じられない散漫なものでした。上演終了後の、藤本氏のトークも、あれこれ知識を披露するばかりの散漫なもので、この人がなぜこの世界でフロントランナーのように言われているのか?非常に奇異な印象を受ける内容でした。

けれど、公演に出演した男性ダンサー(吉本大輔、白井剛カズマ・グレン)達のパフォーマンスは、表現者と呼ぶに相応しい内容で、正直言って、構成、演出は、余分な雑音と言っても差し支え無い内容でした。特に吉本氏、白井氏の表現力はダンサーの域を超え、動かずとも立ち姿そのものに、オーラが漂っていました(ダンサーと舞踏家の違いというのは、おそらくそのあたりにあるのでしょう)。

音楽の公演が、良くも悪くも演奏家の技量で内容が決まってしまうのと同様、
良くも悪くも、ダンスは身体が勝負ですね。


余談:
大橋可也&ダンサーズの出演メンバーの中で、唯一存在感を感じさせてくれたダンサーは、メンバーの中でもひょろりとした体型で中性的、顔立ちも童顔でしたが、メンバーの中で唯一(とまで書いてしまうと他のメンバーに失礼かも知れませんが)、妖艶な雰囲気を醸し出していました。
その妖艶な彼女の動きを良く見ていると、振り付けを、単に手足の動きとしてこなすだけではなく、体幹のポージング、動き、肩の動きと顎との位置関係、足先、手の指先のポジションや動きにまで、コントロールが行き渡っているのが分かりました。ダンスの表現力が、どこから来るのか?良い勉強になりました。とりわけ顎と肩との位置関係の大切さに気づけたことは、今回の収穫でした。

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