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zoom RSS 軍事クーデターを舞台に描かれた人間ドラマ

<<   作成日時 : 2012/11/09 21:34   >>

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記録的な低視聴率と評判のNHK大河ドラマ「平清盛」は、視聴率という先入観無しで見れば、(登場人物の中年期がそれに相応しいメイキャップになっていない点を除けば)充分世界に通用するレベルではないかと思います。近年良好な視聴率をマークしたとされる他の大河ドラマ(篤姫、こう、など)と見比べれば、「平清盛」は内容が悪いのではなく、大河ドラマの視聴者層が既に、中身の濃いドラマなど期待しない人々になっていたと、考えた方がよさそうです。

それはそうと、「平清盛」では、従来の源平合戦物語ではあまり語られてこなかった、当時の日本の政治情勢を前面に出したストーリー展開になっているという点で、非常に興味深いです。平家の盛衰を、平清盛という稀有な政治家のドラマとして描いた点が、このドラマのユニークな点であり、また最近の大河ドラマファンからそっぽを向かれた理由かも知れません。

源平盛衰を現代の目で見れば、源氏・平氏共、政府軍を構成する軍閥であり、その平氏の中の一門である伊勢平氏(後の平家)が三代に渡りじわじわ財を蓄え、遂には政局を左右する存在となったわけです。

そうした時代背景の中、宋国の文化・政治研究を通じて、貨幣経済の途方もない潜在力に気づいた御用学者信西はやがて後白河上皇のブレーンとなり、平家三代目棟梁平清盛と手を組み急進的な政治改革を手がける。一方清盛は、朝廷への忠誠と悪政に苦しむ庶民との板ばさみで悩んだ末に武士の世を目指した父の遺志を引継ぎ、自ら政争へと身を投じる。ほどなく政府(朝廷)は内部分裂状態に陥り、やがて軍部(武士)を巻き込んだ軍事クーデターの応酬が始まる。

信西は保元の乱で政敵の粛清に成功するものの、数百年封印されていた死罪を復活させたことで、政府内の対立は収まるどころか更に熾烈なものとなった。死罪復活で粛清を進める信西により身内の処刑を命じられたことで、源氏、平家の行く末も大きく分かれた。平清盛は身内の処刑を強いられてもなお、新しい国作りという大儀のため信西と行動を共にしたが、父の殺害を強いられただけで、政治的にも経済的にも何ら得るものが無かった(その裏には、武士の世を阻止するため、故意に武士同士の対立を画策する後白川上皇の思惑があった)源義朝は、クーデター(平治の乱)を起こし信西を抹殺する。しかしこのクーデターが源平の対立を決定的なものとし、源氏(河内源氏)一門は圧倒的な軍事力を誇る平家によって、壊滅状態に追い込まれ、義朝は敗走先で自害。

しかし、「武士の世」という大義のため心を鬼にして人を殺して来た清盛は、大義の盟友でもあった義朝の子の命を奪うことが出来ず、義朝の嫡男頼朝を、源氏代々伝わる太刀を持たせた上で伊豆へ流した。義朝の側室の子である牛若(後の義経)は、そのまま都へ住まわせた。 清盛の情が、やがて戦乱の世で平家を滅ぼすことになる。

平治の乱の後、武士の中で一人勝ちとなった平清盛は、自らが思い描く国(経済体制)作りに邁進するが、それは平家一族のみを富ませる結果となり、朝廷内で一人勝ちとなった後白河上皇(後に出家し法皇)や、信西の愛弟子であり後白河のブレーンでもある西光との思惑のずれが、時を追って目立ち始める。

こうした政情の中にあって、後白河法皇の妻である建春門院滋子(清盛の義理の妹)は、卓越した政治手腕により清盛と後白河法皇の共闘を何とか維持していたが、滋子の病死によって、政権は再び内部分裂状態に陥り、清盛率いる平家内部の結束にも亀裂が広がって行く。

政府(朝廷)内はやがて清盛追放のクーデター画策と粛清の応酬に陥るが、自らの余命を悟っていた清盛は、自らが目指す国づくりを急ぐため粛清の手を緩めようとはしなかった。しかし清盛が朝廷内の権力闘争に明け暮れている間、都からはるか離れた東国では、民を苦しめるばかりの平家を打倒すべく、流罪となった頼朝をリーダーに掲げた北条一族を中心に、武士達の組織化が進み、後白河側も権力掌握の切り札として源氏の利用を企み・・・・


もし平家物語が、政治ドラマとして描かれていたら、ジェークスピアに500年先行する偉業になっていたかも知れません。


蛇足:

そして平家は源氏に滅ぼされますが、源氏の棟梁頼朝は、朝廷(=後白河法皇)からの影響を排除するため、たった一人の血縁である義経を、そのスポンサーである奥州藤原氏もろとも滅亡させ、血縁者を失ってしまう。頼朝の子は北条氏に暗殺され源氏は滅亡。最終的には源氏でも平家でも朝廷でもなく、伊豆の一豪族に過ぎなかった北条氏が権力を掌握し、源平合戦は幕を閉じます。後世から見れば、源氏は最後まで利用されるばかり。源平合戦は、日本版三国志でもあります。

頼朝に一目惚れし、頼朝を平家打倒のリーダーに育て上げた北条政子本人が、源氏の血を絶やしてまで北条一族を栄えさせようとしたのか? それは神のみぞ、知るところなのでしょう。




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