さとうひろし 一有権者のブログ 

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zoom RSS 04/12 追記:資料紹介:従軍慰安婦問題

<<   作成日時 : 2015/04/12 23:21   >>

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安倍政権が河野談話を見直すかのような姿勢をマスコミ発表したことで、再び注目され、米国をはじめ多数の国々から批判を浴びた従軍慰安婦問題ですが、本人の意思に反して慰安婦にさせられた被害者が居たかどうかと、それが、正式な命令系統を通じて行われた行為かどうかという問題は、分けて考えなければなりません。

後者は当時の日本政府内部の責任問題であり、今となっては歴史学の問題ですが、前者は、その加害者が日本の国家権力を利用したのであれば、日本政府は、被害者に対する責任を免れません。それが記録に残された公式命令によるものかどうかは関係ありません。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20121213/p1

また私たちは、自国政府の責任を認めることによってはじめて、他国政府による同様な人権侵害を批判することができます。


「韓国軍のベトナムでの性暴力、謝罪を」元慰安婦ら会見
http://www.asahi.com/articles/ASG374Q7LG37UHBI028.html?iref=com_rnavi_arank_nr02

4/21追記:
http://www.kanaloco.jp/article/70041/cms_id/76481

8/18追記: いわゆる従軍慰安婦という性奴隷は、当時の日本の法令にも違反していたという指摘
http://www.shirakaba.gr.jp/home/tayori/k_tayori157.htm

9/08追記: 
フジテレビ創設者の鹿内信隆が、自身が在籍した日本陸軍による従軍慰安婦管理の実態を、『いま明かす戦後秘史』(サンケイ出版/絶版)という書籍に遺しており、以前は保守系陣営自らが、従軍慰安婦が軍の管轄であったことを公然と語っていた。という指摘。
以下、一部引用

>鹿内は召集後、1939年4月から9月にかけて陸軍経理学校で軍の後方支援のノウハウを学んでいたのだが、そのときに、慰安所の作り方も叩き込まれたというのだ。しかも、その内容は今、右派メディアがしきりに喧伝している「公衆衛生の管理だけ」というようなレベルではない。鹿内の発言に「調弁する女」という表現が出てくるが、「調弁」というのは軍隊用語で兵馬の糧食などを現地で調達するという意味。つまり、これは陸軍が慰安婦の調達に関与していたということではないのか。
 さらに衝撃的なのが「女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか(中略)といったことまで決めなければならない」という発言だ。当時の日本軍が現地の女性を完全にモノ扱いし、どんな女がいいのかを品定めする作業までをも士官に命じていたことを証明するものだ。
 断っておくが、この鹿内発言は老人の妄想でも記憶違いでもない。靖国神社の一角に靖国偕行文庫という図書館があるのだが、そこにこの鹿内発言を裏付ける一冊の本が所蔵されている。
 300ページ以上はあろうかという分厚いその本のタイトルは『初級作戦給養百題』。昭和16年に陸軍主計団記事発行部が発行した、いわば経理将校のための教科書だ。
  表紙はハードカバーで、「日本将校ノ外閲覧ヲ禁ス」という文字。その9ページ目、第一章総説に、師団規模の部隊が作戦する際に経理将校が担当する15項目の「作戦給養業務」が解説されているのだが、その最後の項目「其他」の解説に以下の任務が列挙されていたのだ。
1 酒保ノ開設
2 慰安所ノ設置、慰問団ノ招致、演藝會ノ開催
3 恤兵品ノ補給及分配
4 商人ノ監視
 ようするに、陸軍の経理将校向け教科書に任務として「慰安所ノ設置」が掲載されていたのである。軍が関与したのは衛生面の管理だけという保守派の主張が、明らかな嘘だということがよくわかるだろう。
http://lite-ra.com/2014/09/post-440.html

9/9追記:
法務省も、1962年の段階で既に、旧日本軍が軍命で従軍慰安婦を連行していた事実を把握していたことが、国立公文書館に保管されていた資料から判明。以下、記事を引用:

>旧日本軍の従軍慰安婦問題で、太平洋戦争中にインドネシアのバリ島に海軍兵曹長として駐屯していた男性が、1962年の法務省の調査に「終戦後(慰安所を戦争犯罪の対象に問われないよう)軍から資金をもらい、住民の懐柔工作をした」と供述していたことが分かった。
 元兵曹長は「(慰安婦として)現地人など約70人を連れてきた」「他にも約200人を部隊の命で連れ込んだ」と連行の実態も説明していた。
 関東学院大の林博史教授(日本近現代史)の研究室が国立公文書館(東京)保管の資料で見つけた。林教授は「河野洋平官房長官談話が認めた軍の関与を裏付けるもので重要だ」と評価している。
2014/03/22 17:53 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201403/CN2014032201001850.html

10/17追記:
日本政府が、クマラスワミ報告の修正を国連に要求し、世界各国から厳しく非難されている件
http://maeda-akira.blogspot.jp/2014/10/blog-post_15.html


2015年4月6日追記:
今日知ったのですが、従軍慰安婦問題について、これまで分かったことをまとめて紹介するサイトがありました。
http://fightforjustice.info/


2015年4月12日追記:
日本政府は、未だ、従軍慰安婦の確保の過程で、軍による強制連行があったことを認めていませんが、実は、だい2次大戦当時の日本軍が発行した公式証明書の中に、慰安婦を連行するとの、具体的記述が残っているそうです。
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/touch/20150410/1428689812#20150410f2
http://ameblo.jp/qtaro9blog/entry-11779758678.html

これは、当時中国に駐留していた台湾混成旅団(塩田定七少将を旅団長とする、通称塩田兵団)に所属する台湾歩兵第1連隊(林部隊)(連隊長・林義秀)に所属する慰安所の経営者を、慰安婦連行のために、台湾に向かわせるための証明書で、以下の文面の証明書が発見され、吉見義明著「従軍慰安婦資料集」の133頁に、その文面が掲載されているそうです。

証明書
■■■■←慰安所の経営者名は、プライバシー保護のため伏せられている。
当年二十二歳

右ハ当隊附属慰安所経営者ニシテ 今回 慰安婦連行ノタメ帰台セシモノナリ
就テハ 慰安婦ハ当隊ノタメ是非必要ナルモノニ付 之カ渡航ニ関シテ何分ノ便宜附与方取計相成度
右証明ス

昭和十五年六月二十七日
南支派遣塩田兵団林部隊長 林義秀

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